ウェルネスクリニック

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内科・生活習慣病(糖尿病・高脂血症・高血圧)・甲状腺を診療する柳井市の病院です。

トウニョ
〒742-0021 山口県柳井市柳井1547-1
2013.06.09

第21回みかた残酷マラソン全国大会

DSC00109.JPGDSC00114.JPG平成25年6月9日(日)に兵庫県美方郡香美町で開催された第21回残酷マラソン全国大会に参加しました。当院の糖尿病患者会「アロハ」の調理実習に参加し、ミニコンサートもしてもらっているリピート山中さんの作った「残酷マラソンのうた」があり、一度は出場してみたい大会でした。


DSC00098.JPGDSC00105.JPG6月8日(土)午前中診療をして、JR柳井駅を午後0時26分発の電車に乗り、徳山から新幹線で姫路まで行き、播但線に乗り換え途中2回ほど乗り換えて、山陰本線の八鹿駅(ようかえき)に到着。そこからさらにバスに乗り、目的地の小代までいかず、途中で下車。今日泊まる宿を電話予約する時に、「着いたらバス停まで迎えにいく」と言われていたので、電話して迎えにきてもらいました。宿に着いたのが午後6時半で、6時間の旅でした。部屋は30畳くらいの大広間に10名くらいの相部屋でした。食堂で夕食をして、明日のスタート会場までの下見と散歩を歩いて行きました。スタート、ゴールの小代小学校と中学校まで歩いて20分、1.5キロくらいでした。山間の谷間の街と行った感じでした。明日、帰りに乗るバス停を確認し、宿に戻り、入浴をし、ゼッケンを付けたらすることが無くなり、午後10時には同室の人も消灯して、就寝しました。

DSC00110.JPG6月9日(日)午前5時には目が覚め、宿の周辺を観光も兼ねて散歩してみました。午前6時から食事。宿で走った後に入浴をしてもいいこと、荷物も広間に置いていていいとのことで、走る格好で行って帰ることにしました。種目は24キロのみ、エントリーは2600名、午前9時スタートで400mと200mの二つの峠を越えるコースで大会の名前にもなっている「残酷」に恐いもの見たさのどんなコースなのか、興味津々でした。帰りのバスが午後0時44分なので、目標としては3時間、午後0時頃にはゴールをして、宿に帰り着替えたり、余裕があれば入浴をしてバスに乗る。時間的はタイトな予定となっていました。会場までウオーミングアップを兼ねてゆっくり走っていき、会場について、屋台やみやげのテントを見て回り、お土産の目星をつけて、ゴールしたらすぐ帰ることが出来るよに考えていました。コスチューム賞があり、仮装をした人も何人かいました。以前、池田病院の井田先生が参加されてホームページにその記事があり、当時の人がこの中にもいるのかと思いながら眺めていました。

DSC00122.JPGDSC00123.JPG午前9時前には多くの人がスタートラインに集まっており、スタートラインの後ろの方に行くのに崖をよじ上って後ろの方に向かいました。スタート前の挨拶では人口2000人の集落に2600名の参加者がいるとのこと、制限時間は4時間で撤収しますが、最後まで待っていますとのことでした。昨年の最後の人は11時間かかり、今日は1時間前に先にスタートしたとアナウンスされていました。午前9時スタート、町中の道をなだらかな下り坂で、宿の前を通り過ぎ、3.5キロ地点でおりかえし、こんどはゆるやかな上りとなり、4キロ地点からは町中の道より一つ上の道に分かれて上っていきました。段々と上りの傾斜が強くなり、8キロ地点ではゲストの高石ともやさんが演奏をしていました。11キロまで延々と上りが続き最高地点(605m)に到着。やっと下り坂となり、あとは次の峠まで下りかと思うと、またアップダウンを繰り返しながら、下っていきました。

DSC00130.JPGDSC00132.JPG下っていくと向こうの道に2目の峠を越えて下っているランナーがみて、上りが始まりました。ほとんどの人が歩いており、歩かず完走が目標なので、走っているのかどうかわかりませんがなんとか2つ目の峠を越えました。また後はゴールまで下りだけかと思うとアップダウンしながらくだり、やはりあわい期待を裏切りこれでもかと上りのある名前のとおり「残酷」なコースとなっていました。

何とかネットで3時間39秒でゴール。参加賞のソーメンとトマトをいただき、お土産を買い、あらかじめ予約していた弁当をもらい、宿に戻りました。宿に着いた時には午後0時25分だったので、入浴も無理で、着替えも時間がかかるので、走ったままの格好で荷物を持ってバス停まで行き、予定のバスに間に合いました。バスの中で汗を拭いて、ゼッケンを外して、弁当を食べ、八鹿駅に到着しました。電車までに時間があり、トイレで着替えて、電車に乗り、行きと逆の方向の電車に乗り、柳井に午後7時に戻ってきました。

今回で21回目のマラソン大会をあんな山奥で人口よりも多い人数を迎え、「残酷」というコースやこんな辺鄙な所までなどの意味を含めた挑戦的なネーミング、高石ともやさんをゲストに迎えて前夜祭、リピートさんの歌の中にある「変な人たちの集まり」にもあるように参加者の挑戦心のくすぐりなど、最初に大会を企画された方にどのように考えていたのか聞いてみたい気がしました。