平成26年3月より月2回程度昼の「まかない」を始めました。NHKの「サラメシ」という番組を真似て、「クリメシ」と名付けました。
今年(平成31年)の新企画は「思い出メシ シリーズ」として、スタッフの思い出メシを月に1回、守冨栄養士とスタッフがいっしょに午前中調理をして、お昼にいただくことになりました。
★ポークソテーシャンピニオンソース(父との思い出)
仕事と家事育児と毎日バタバタと余裕なく生活している私を見かねてか、実家に帰った時に父が、ホテルのランチに誘ってくれました。フレンチのコースで、メインディッシュがステーキにきのこが入ったソースがかかっていたように思います。詳細のことは思い出しませんが、父と行った最初で最後の食事でした。
★大豆の磯煮(娘のリクエスト)
これは学校給食の献立です。娘が大変気に入っていました。大学、就職と家を離れても家に帰ってくるといつも作ってと言われ作っていました。時には、「いつ帰るから、大豆の磯煮を作っておいてね」と電話でのリクエストです。今は子供も出来て、大豆とひじきを使った料理は常備菜にしているようです。
★コーンクリームスープ(いとこたちとの思い出)
母の実家から歩いて10分以内に叔父や叔母が住んでいて、何かと祖母の家に集まっていました。正月は祖母の家に集まり、女子は祖母と東映の時代劇、男子は叔父と東宝のゴジラと映画を見に行っていました。夜は、叔父叔母、いとこたちと百人一首大会で賑やかに遊んでいました。夏は海水浴。秋は八幡駅の真正面に見える皿倉山に一族でお月見です。父の友人にいとこたちと習字を習っていて、競書会に参加していました。その時、誰か一人でも入選したらお子様ランチを食べに連れて行く約束になっていました。6?7人が参加するのですから誰か入選していました。大人、子供10人くらいで、八幡駅前のレストランに行き、お子様ランチを頼んでいました。その時のお子様ランチについていたのがコーンクリームスープでした。子供ごころにこんなおいしいスープがあるのかと思いました。
★みつ豆
私が子供のころは市販されているお菓子があまりなかったように思います。お菓子は、仏様の月命日に母が生菓子やお饅頭をお供えしてそれを戴いたり、お土産のお饅頭などだったように思います。それ以外はほとんど家で作っていました。1月、2月は祖母がかきもちを作って、火鉢であぶりながら割りばしでのばして広げていました。果物も今のように甘く、豊富ではなく、夏ミカンを砂糖につけたものがおやつだった時もありました。また、夏はみつ豆やアイスクリームを母がよく作っていました。秋はふかし芋です。12月になると父も参加して家族総出で、ケーキ作りです。スポンジケーキを6個焼いてデコレーションをします。今のように生クリームが手に入らないので、バタークリームでデコレーションをしていました。ケーキの飾りは、みかんの缶詰、バナナ、アンゼリカ、アザランです。その頃は、最高においしいお菓子と思って食べていました。あとは、ドーナツが毎月おやつに出てきました。
私が柳井吹奏獏団に入団したのは2011年の秋ごろ、結婚して半年くらいしか経っておらず、まだ新婚の頃でした。月日が経つのは速いなと思います。
そして、きっとみなさん、なんで吹奏楽団ではなく、吹奏’獏’団(ばくだん)なのかと思われると思います。それは、悪い夢を食べ、いい夢だけを残すという想像上の動物’バク’に由来します。演奏を聴いていただく方に夢あふれる演奏がしていけたらという思いからです。
さて、前置きが長くなりましたが、入団して以降、私は、数々のイベントや演奏会に出演してきました。その中でも、年間行事として特に重きを置いているのは、夏の吹奏楽コンクールと2月に開催された定期演奏会です。そこで、今日は、先日開催された定期演奏会のことをお話しさせていただきます。ご来場いただきました院長先生、奥様、大変ありがとうございました。今年で19回目の定期演奏会、テーマは『食』でした。第1部はクラシックがメイン、第2部ではご来場されたお客様も一緒に楽しんでいただくことを目的に選曲された曲目を演奏しました。曲目についてはプログラムの一覧をご参照ください。
今年の曲は、正直、すべて難易度が高く、限られた少ない練習時間の中で仕上げていくのは本当に大変でした。練習量も十分ではなく、本番のギリギリまで練習をしていました。他の団員もみんな一杯いっぱいで、最後まで止まらずに演奏出来るのか、不安の中、演奏会が始まりました。ですが、始まってしまえばあっという間で、お客様のおかげもあって、終始、楽しく、気持ち良く演奏させていただくことができました。演奏中、「あっ、やばい!演奏が止まるかも?!」「あれ?今、入るタイミング、づれてた」など、ヒヤッとするようなハプニングもありましたが、それも素人ならではのあるあるで、みんなそういった失敗も最後は笑い話になります。
その特にやばかった曲は、『パニックキッチン協奏曲』で、これは、本当にみんなでタイミングを合わせるのに一苦労しました。この曲は、普段料理で使っているお鍋やボウル、包丁やまな板など、調理器具を叩きながら演奏するというパフォーマンスを交えながら演奏をしました。みんな合奏練習中、もう、吹ける気がしない…みたいな感じで、途中で空中分解しては演奏がストップすることもあり、本当の意味で私達がパニック状態になりながら練習していました。ですが、お客様のアンケート結果では、この曲が一番お客様の心に残ったという結果となっており、私達も、本番では止まらずに演奏できて良かったなと胸をなで下ろすような、そんな思いでした。
『カレーライスの歌』では、団員の子供達も参加し、お客様にも参加していただき、会場の全員で曲に合わせて手遊びをしました。この時、会場の皆さんの笑顔や楽しんでいただいている様子と笑い声が飛び交います。そういうのを肌で感じ、私は、今、こうやって演奏をさせていただくことができて、本当に幸せ者だなと、嬉しくなり感謝の気持ちでいっぱいになります。毎回、お客様の笑顔に元気をもらい、また来年も頑張ろう!といつも思います。
吹奏楽は一人ではできません。人数とそれぞれの楽器が合わさり、始めて吹奏楽として成り立ちます。ですが、みんなが同じ方向を見すえ、心をひとつにしなければ、良い演奏はできません。ただ、素人はプロの様には演奏できません。でも、たとえ下手でも努力次第でお客様を感動させられるような良い演奏はできると、私は思っています。
先ほどもお話しましたが、団員みんな、いっぱいミスをします。でも、失敗談をあとで笑って話せる、そんな楽しい良い仲間達です。そうしながら、日々、練習を頑張っています。社会人としてこういった趣味を継続していく上で大変なこともありますが、それ以上に得るものが多く、かけがえのない楽しい時間を過ごさせてもらっているなと幸せに感じています。吹奏楽をとおしてたくさんの仲間ができ、みんなで一つの目標に向かって頑張り、共感し合い、更に、一つの曲が上手く仕上がった時には、言葉では表現できないくらいの感動や喜びの感情が湧き起こります。だから吹奏楽は楽しい、一生やめられない趣味です。
プログラムにもありましたが、私たちは、『地域に根差した文化活動』を目的の一つにかかげています。これからも皆様に楽しんでいただけるような音楽がお届けできるよう、努力していきたいと思っています。