平成26年3月より月2回程度の「まかない」を始めました。NHKの「サラメシ」という番組を真似て、「クリメシ」と名付けました。令和2年7月2日(木)のまかないは「豚肉の照り焼き」で、11名が参加しました。3分間スピーチは木村栄養士。
豚肉の照り焼きは、お肉がやわらかくて食べやすかったです。酢の物は、しそとみょうががさっぱりしていて夏らしかったです。澄まし汁がとてもおいしかったです。だしのとり方にチャレンジしてみたいと思います。みかんゼリーは口の中がさわやかになってよかったです。
初回のホノルルマラソン出場まで」 木村栄養士
ランナーズの全日本マラソンランキングの手記が記事になればそれを読もうかなと思いましたら院長が先にホームページにあげてくださいました。マラソンのパワーポイントをみていたら初ホノルルマラソン対応で各地のマラソンに院長が連れて行ってくれたのが目につきました。おもいつくままにホノルルマラソン出場までコメントします。
フルマラソンは65歳当院にきてから始めました。動機は院長のホノルルマラソンに出場しましょう!です。飛行機代、ホテル代を持ちますの一言でその気になりました。ただでいけるのならです。有難いことに院長がスケジュールをくまれ、まずは3kmの田布施マラソン出場です。すごいおばさんスタイルで走りました。心臓がパクパクしてもうだめかなと思いました。自宅付近3kmから5kmを走れるようになりました。最初はきついですが慣れるものだと実感しました。脚は強いようで膝が痛くなることはあまりなかったです。次に桜江マラソン10km。写真をみると薬局のかたと一緒です。20kmとごちゃごちゃになっていますが山を駆け抜けきつさと猛暑との闘いです。フィニッシュの炎天下のアスハルトは猛烈のあつさで糖尿病学会の井田先生が「残酷マラソン第2位」にはいるといわれたのを思い出されます。このマラソンで意外にも炎天下の練習が好きになりはまりました。炎天下の走りはあまり暑さ感じなくなって気持ちがよくなって恍惚状態になります。(危ないのですが)現在真夏2時から?4時走ります(真似してはいけません)
それで夏はよく走るようになりました。9月は広島県八幡高原聖湖マラソン。ススキの一足早い秋を感じる大会でこれも10km出場。初秋の高原を走るのですがさわやかで地域のかたが焼肉をしたり、いろいろな野菜、おにぎり、地域色豊かです。帰りに院長の温泉に寄り道が楽しみです。朝早く出かけ日帰りです。服装が段々カラフルになっています!
10月になって富くじマラソン大分です。仏の里くにさきであります。なぜここを選ばれたかというと30kmマラソンがありホノルル42.195を走るまえに30kmくらい経験したほうがよかろうの発想と思います。私は20km出場。ここも地域ぐるみの町おこしでお弁当食材楽しいものが並びます。そして出場者に小学校の生徒から頑張ってのお手紙がきます。このころ夜走っていてころびました。またこのマラソン出場したときからとてもきつくて院長にホノルル出場できませんと伝えました。院長が血液検査すると云われヘモグロビンが人の半分でした。最初のホノルル行きでしたので、他の職員の士気にかかわるとおもわれたのでしょう。行かないでよいとは言われません。毎日注射にきなさいと。10日間で10.5になり、ホノルルマラソン出場しました。当院はじめてのホノルルマラソン参加です。院長含めて職員6名、10km1名の計7名参加しました。現地時間5時暗い中のスタートです。5時とともに花火があがりそれはきれいです。6時間かけて完走しました。ホノルルは制限時間がないのです。いつまでも待ってくれます。あるくつもりであれば12時間かければつきます。富くじのあともやめておけばよいのに夜走ってまたころび、右足の膝包帯で走っています。奥様に夜走るのは止めてください!!といわれ夜走るのは止め現在も守っています。65歳の初フルマラソン、高齢で転んだり、貧血になったりトラブルありましたが、なんとか走れるものと感激しました。以上が木村僖乃の初マラソンで年齢ともさらにスピードが増して体調は良くなり気持ちはご機嫌で少々の事はきにしないワイルドで前向きに物事をかんがえられるようになった気がします。いやなりました。マラソンへ扉を開けて頂いた院長に深謝です。今回ランナーズに掲載された私意外の4人の男性の方努力は「凄い」の一言です。切磋琢磨して4時間切り夢か幻に終わらず目標達成したいです。マラソンの神様、皆様よろしくお願します。