
平成18年(2006年)7月3日にクリニックをオープンして19年が経過しました。勤続10年になった職員に、1年のうちに好きな時期に各部署で支障がないような勤務体制で、リフレッシュ休暇を15日間取れる事にしました。7人目は武永看護師に報告していただきます。
私のリフレッシュ休暇 〜フィンランド、大阪万博、宇野千代生家〜 武永 佳子
6月10日から15日間リフレッシュ休暇をいただきました。フィンランド、大阪万博、岩国市にある宇野千代の生家を訪問しました。
(1)フィンランド
6月10日の22時25分関西国際空港発ヘルシンキ行きのフィンエアーに搭乗し、フィンランドへと旅立ちました。時差は、6時間で飛行時間は約13時間です。長時間のフライトは、最初は気が引けていたので、乗り継ぎで行くことを検討しました。しかし、直行便とチケットのお値段があまり変わらず、乗り換えた方が高くつく飛行機もあったので直行便で行くことに決めました。フィンエアーの直行便航空チケット(エコノミー:往路は少し割高のエコノミー、復路はエコノミー)は往復で159650円でした。
関空からヘルシンキへの直行便は、行は北極ルート、帰りは中央アジアルートでした。
フィンエアーでは、北極圏上空を飛行するので「北極航路通過証明書」という記念品が配布されるそうです。この情報を帰国してから得ました。粋な計らいがあるのですが、おそらく、私は、寝ていた可能性があります。いただいておらず、、、
今回、ヘルシンキを旅行先に選んだ理由は、以前より気になっていた国際看護学会に参加してみたかったからです。2年に一度開かれている学会で、世界各国の看護師が集まる大会です。6月9日~6月13日の5日間の開催でした。私は11日から13日の閉会式まで参加しました。学会の翌日1日はゆっくり過ごそうと思い、滞在は、15日までしておりました。
初めて訪れるフィンランドの首都ヘルシンキは、想像以上に静寂で、その落ち着いた街並みがとても心地良く感じました。気候は、日本の春のような気温で10度前後くらい、お天気によってはダウンやコートが手放せない気候でした。湿度はとても低くとても過ごしやすかったです。
今回は文化や自然といった観光よりも「海外の看護はどんな感じのだろうか?実際に見聞きする」ことを重視していたため、サウナやムーミン、マリメッコ、豊かな自然といった魅力は二の次になってしまいました。それでも、とてもよい雰囲気の街であったこともあり、テンションが上がり、空いた時間に、現地の教会や、街中を無理のない程度にジョギング、ウィンドウショッピングをして、ヘルシンキの空気を肌で感じることができました。
日本は、信号機の歩行音、お店の広告、電車の案内など、あらゆる場所で細やかな「案内」が溢れ、生活のしやすさや安全への配慮が隅々でおこなわれています。対照的にフィンランドにはそうした案内が最低限であり、特に驚いたのが電車の改札がないことでした。切符のチェック機構がなく、車掌さんに求められた時に提示すればよいというシステムには、信頼を重んじる文化なのかなと思いました。滞在中私は、チェックされることは一度もありませんでした。学会費用に含まれていた5日間乗り放題の豪華なチケット(A~D区間網羅)は、空港から首都までの移動にも使え、非常に便利でした。
到着日は小雨が降る中、まず学会会場へ向かいました。学会の案内には「クロークなし」とあったため、滞在予定先のチェックインを早めるか、ロッカーを探すことを検討し、ロッカーを利用することにしました。検索サイトで調べるとカフェやホテルで一時荷物預かりサービスがありましたが、最終的に駅のロッカーを選びました。日本の駅ロッカーと同様にコイン式や電子マネー、クレジットカード(VISA、MASTER)が使えるという情報を見ていたのですが、実際に現地へ行くとキャッシュレスでした。現金も使えるだろう思っていた私は戸惑いましたが、ちょうど同じ時間に居合わせた女性が「これ、ちょっと分かりにくいんですよね」と声をかけてくれ、キャッシュレスのタッチパネルの操作を手伝ってくれました。その後、Googleマップを頼りに会場へ。事前に準備していたQRコードで入場手続きをおこなうも、なぜか?スムーズにはいかず20分ほど手続きに時間がかかりましたが、日本のアニメが好きで日本語を話せるインド系の女性が対応してくださり、無事に入場パスを受け取ることができました。ちょっとした偶然の手助けは本当にうれしいです。
この日の一番の目的は、日本の方が登壇するプログラムを聞くことでした。他の会場が満席で溢れているのを見て、逃すまいと1時間半も前から会場前で待機しました。ところが、このミーティング会場は「穴場」だったようで、学会の目玉となる方々と直接お話しできる機会にもかかわらず、参加者は20人にも満たない少人数。大勢の中に紛れるつもりだった私にとっては嬉しい反面、英語が堪能ではないため、妙な緊張感も押し寄せました。しかし、何となく聞き取れる英語と会場の雰囲気に浸り、ミーティングを楽しみました。聞き取れない単語もおおくたぶん難しいをお話しているなぁ。と想像しながら、この場に参加できたこと自体を「頑張った!」と称えながら会場に座っていました。
日本人とは明らかに体格が違う男女の皆様の迫力に圧倒されつつ。でも、お話している内容は、どの国も同じような悩みなのかな?と思いつつ。時間を過ごしました。ミーティング後には、絶対にお話を聞くと決めていた国境を越えてご活躍中のWHOに所属されている看護・助産の水谷さんに日本語で質問をさせていただきました。彼女のパワフルなキャリアと現在の活動についてお伺いすることができました。彼女は、お子さんから風邪をもらっており鼻声でしたが、大きな活力をいただきました。
学会の雰囲気は、とても楽しくて特に印象的だったことは、民族衣装にまとって参加されている国もあり、華やかでした。目を引いたのは、アフリカ大陸の方々のファッションでした。鮮やかで、日本にはない布の纏い方、そして髪型や装飾品がゴージャスでした。
また、学会中は2回の大きなブレイクタイムが設けられていました。フィンランドには法律で休憩を取る制度がありました。調べると、フィンランドのコーヒーブレイク制度(カハヴィタウコ)では、6時間以上の労働で2回のコーヒーブレイクタイム(10分~15分)があるそうです。
会場のコーヒーブレイクやビュッフェ形式のランチでは、品数は多くないものの、参加者全員に行き渡るようにたくさん準備されており、その運営はアメリカ看護協会がサポートしているのを見て、国際学会は様々な国の協力で成り立っているという新たな発見がありました。
今回の学会は、世界看護協会の会長交代時期にあたり、そのバトンタッチの瞬間にも立ち会うことができました。新会長はスペインのホセ・ルイス・コボス・セラーノさんで男性の方です。日本からは、第二副会長に、東京医療保健大学の手島恵先生が選出された場でもあったことが、帰国後にわかりました。交代時期とは知らず、偶然にもこの瞬間を会場で見れたことは嬉しかったです。
学会に参加して感じたことは、日本の看護が世界基準でみると質の高いところにいるのだと実感しました。
閉会式には王族の方が参列されており、大統領からのメッセージも披露されました。フィンランド看護協会の会長の可愛らしいマリメッコのドレスも印象的でした。思い出したのですが、平和に関するセッションも多く、ウクライナから参加された3名の看護師さんの講演を聞く機会もありました。このセッションは私の想像よりも衝撃的な時間でした。言葉ではなく、何度もつく溜息から始まったプレゼンに私の想像できない苦しさや重さ、痛みがあるのかと感じた瞬間でした。「遠くのこと」と捉えがちですが、全てがつながっていることを忘れずにいたいと改めて感じました。
アジア圏の会場にも参加しました。
インドネシア看護協会がプレゼン後に「皆さんにプレゼントがあります。」といって配っていたものは「うちわ」でした。まさに「推し活」のようで、斬新な工夫だと思いました。うちわを手にしたので、「ありがとう」を伝えようと思い、ご挨拶に伺うと、神戸大学で勉学されていたご経験があることを知りました。また、台湾のセッションは日本と類似した看護の問題、内容で聞きやすく、発表者の先生が筑波での留学経験がある方だったため、親近感も湧きました。
2年後の学会は台湾で開催されるので、参加してみたいです。アジアの先生方は、ほとんどの先生が日本に留学されており日本の医療はアジアの医療とつながりがあるのだと感じました。
学会期間が終わった翌日は、自由行動に充て、教会と美味しい食事を求めて散策しました。現地でフィンランドはシナモンロールが有名だと知り、口コミのよいパン屋さんへいきました。フィンランドのシナモンロールは、シナモンだけでなく、カルダモンも入っていて、驚きました。カルダモンは私は好きなスパイスだったので、とても気に入りました。パン1つがとても大きく、食べきれるか?と心配でしたが、次のランチの時間もわすれて、あまりの美味しさに結局完食してしまいました。
この日ランチは、3分ほどの船旅で行ける離れ小島のレストランを選びました。船の料金は食事代に含まれており、この日は快晴で、海ではヨットレースが開催されている美しい光景を眺めながらの食事でした。ただ、風がものすごく強く冷たかったため、食事の後半は寒くて、、、「我慢大会」のようでしたが、デザートまで完食。お昼前のシナモンロールが影響し、お腹がはちきれそうになるほど満腹でした。
ランチを終えたのが14時頃だったので、そのままバスを利用し、気になっていた教会へ行きました。テンペリアウキオ教会という教会です。16時50分閉館のところ、16時前に到着し、ちょうど良い時間でゆっくり見学できました。岩の壁と銅板の屋根という珍しいスタイルの教会は、小さすぎず大きすぎず、落ち着いた空間がとても印象的でした。その帰り道、もう一か所どこかへ行けそうだと検索すると、食器で有名なイッタラの本社が近くにあり18時まで開いていたので向かうことにしました。
しかし、途中で偶然遭遇した大きな音楽とサンバ隊が現れ、それに見とれているうちに、あっという間に18時近く。そのまま宿へ戻ることにしました。帰り道、なんだか頬がチリチリするな…と思っていたら、宿の鏡を見ると顔が真っ赤な鬼のようになっていました。これまでの人生で経験したことのないほどの日焼けです。冷たいタオルと持っていたフェイスパックで必死に処置しましたが、水ぶくれができる寸前まで焼けていました。北欧なのに雪焼けのような顔になってしまい、思わず笑ってしまいました。
白夜であるため、何時まで明るいのだろうか?とおもい頑張って起きていようとおもっても、時差の影響でいつも20時頃に就寝していました。慣れてきた3日目に、夜22時まで起きれていた日があり、外を確認すると外はとても明るかったです。白夜の流れで、街中は早朝はとても静かです。朝8時すぎ頃になると動きがみられます。そのため、夜が長く22時頃でも外ではにぎやかな声や音が町に響いていました。
帰国日の6月15日17時45分発のフライトでした。入国の際に空港にはたくさんの店やゆっくりできる場所を見ていたので、早めに空港へ行き時間を過ごすことにしました。ムーミンカフェも気になりましたが、特に飲みたいものや食べたいものがなかったため、入り口を眺めるだけで満足しました。フィンランドのコンビニのようなお店でホットドックと飲み物を買って簡単な食事を済ませました。素朴ながらも、日本にはない感覚の焼きたてのパンはとても美味しかったです。
フィンランドでの国際看護学会参加という貴重な経験の後、日本に帰国してからは、万博と近場散策をしました。
(2)大阪万博
父と母と3人で大阪万博を訪れました。広大な敷地の中、事前予約をして日本館を訪問しました。ここでは酵母菌に関する展示があり、その小さな生命が持つ力と可能性に感銘を受けました。未来の食や医療、環境問題への貢献など、菌の力が多岐にわたる分野で魅力を放っているんだろうなと思いました。お天気がとってもよく、敷地も広いので、その他は大屋根リングをあるいて雰囲気をたのしみました。
(3)山口県岩国市にある宇野千代さんの生家
2026年の朝ドラで宇野千代さんの生涯が描かれるとのこともあり、行ってみることに。趣のあるお庭は、見事に手入れされた杉苔が「緑の絨毯」のように広がり、静かで美しい空間でした。生家では、宇野千代さんの88歳のお祝いの動画を拝見する機会がありました。映像の中の彼女はとてもユーモアに溢れており、その魅力的な人柄に引き込まれました。ファッションデザイナーや雑誌編集者としても活躍されていたことを知り、多才でありながらも、とても可愛らしく素敵な女性だったと感じました。今から放送が非常に楽しみです。
おかげさまで、今回のリフレッシュ休暇は、心身ともに充実した、充実した15日間となりました。
ありがとうございました。