昨年に続き第4弾を。4月23日(火)は岩国空港から羽田を経由し、午後9時50分発のエアフランスでパリへ向けて出発しました。
2018年(第1弾)は、サンチィアゴ巡礼をスタートして、フランスのスペインとの国境近くにあるサンジャンピエドボーからスペインのエステージャまで120キロを遍路しました。
2019年(第2弾)は、エステージャからビジャフランカ・モンテスデオカまで135キロを遍路しました。
2020年〜2022年の3年間はコロナのため中断。
2023年(第3弾)は、ビジャフランカ・モンテスデオカからレディゴスまで125キロを遍路しました。
今年(2024年、第4弾)は4月23日(火)の夜に羽田を出発し、5月5日(日)が休日診療所の当番となっており、5月3日(金)に関西国際空港に戻り、柳井に戻ってくる予定となりました。今年は、前回の到着地点、レディゴスからスタートします。
日本との往復の航空券だけ手配し、宿泊は行き当たりばったりで遍路宿(アルベルゲ)を探して、最終目的地サンチィアゴコンポステーラ(SCP)を目指して進みます。荷物はバックパックに詰めて背負って移動するので、なるべく荷物の重量と容量を少なくできるようにします。コロナの影響で飛行機の便数が減り、また2022年からのウクライナの戦争の影響だと思いますが、ソ連の上空を飛ばないようになり、これまで羽田-パリ間が12時間かかっていたのが、15時間と長いフライトとなっています。
4月23日(火)日本時間
午前中診療をして、午後3時までレセプトチェックをして、車で岩国空港へ向かいました。今日は火曜日で午後3時半まで2階で体操教室があり、後はレセプトで残っている事務員にお願いしました。順調に進み、手荷物も飛行機の最終目的地のマドリードまで運ばれるように手続きをして、機内持ち込みの荷物だけで、身軽に移動できそうです。午後5時45分に岩国空港を出発、午後7時10分羽田空港に到着しました。
第3ターミナルにバスで移動し、円をユーロに替え、旅行保険を機械で加入、保安検査場、出国手続きをして午後8時20分、余り時間はなく少しだけラウンジで軽食「うどん」を食べ、午後9時過ぎから搭乗開始、午後9時50分に出発。パリまで15時間のフライト。11時から夕食、前菜から始まり、今回メインは魚料理「シタビラメの切り身のシトラス風味」を選択、デザートはフルーツの盛り合わせにしました。今回はラウンジで軽く食べただけなので、完食。
4月24日(水)日本時間(現地時間は日本時間から7を引く)
午前1時、座席をフラットにして、寝る準備をし、午前1時20分就寝。途中目が覚めることもなく、午前6時過ぎに起床。5時間くらいは熟睡できました。現地時間で4月23日午後11時、体はまだ日本時間。まだ後6時間のフライト。
高いビジネスクラスの値段を払って、一番の利点はエコノミーで座ったままうたた寝をして徹夜のようになるのが、熟睡出来る点。疲労度が3分の1くらいに少ないです。食事やサービスはエコノミーと同じでいいので、もっと値段が下がればいいというのが、難点。それなら日中に出発して移動すれば、座ったままで時々歩けば寝る必要はないけれど、少ない休みの日程をなるべく有効に使うことを考えると、ついつい夜の間の移動を選び、なかなかねと行った感じ。あとはビジネス1名分は、エコノミーのスペースの前後、左右で4名分をとっており、エコノミーの3倍くらいの値段なってしまうのはしかたないかとも思います。今回の最終目的地まで、30時間以上かかり、今回もビジネスを選択しました。現在の飛行機のスピードが3倍になれば、今の問題も解決できます。昔、新幹線がない時代や飛行機が一般的でなかった時には、東京出張は泊まりだったけれど、今は日帰りが可能な時代になっています。ニューヨークまで日帰り出張も可能になるかもしれないけれど、さらに忙しさが倍増しそうです。
そこで睡眠に特化した飛行機を考えてみました。昔の2等の寝台特急列車のように、3段ベッドで、真ん中に通路があれば、座席数は確保できるのではないでしょうか。持参したスケッチブックに座席の案「寝台エコノミー、sleeping economy」を考えました。いい暇つぶしになりました。
今回の巡礼には小さな温度計・湿度計を持参し、どんな気候か見ることにしました。どれくらい正確かはわかりませんが、診察室のと比較すると、気温は1度くらい高め、湿度はほぼ同じでした。現在、機内は室温27度、湿度10%。残りの搭乗時間を、携帯用のワープロを持参したので、オレンジジュースを飲みながら、これまでの記事を作成しました。午前11時(現地時間午前4時)朝食、パン、オムレツ、フルーツ、ヨーグルト、オレンジジュース、コーヒーが出て、あまり重たくはなく、完食。パリまであと2時間。