令和5年8月27日(日)に開催された北海道マラソン2023に当院の木村栄養士(81歳)が参加し、年代別(75歳以上)で1位となりました。その報告をしてもらいました。
北海道マラソン2023
木村僖乃
8月27日札幌市の大通公園を発着点とする42.195キロで行われ30℃超えの厳しい暑さでスローペースとなりました。18020人が出場し14620人が完走しました。完走率は81.1%で例年より10%近くダウンしたようです。
8月27日(土)
今までの大会で一番暑く選手苦戦をしいられました。私は体調今一で身辺状況が忙しく、出場も見合わせようかと考えていました。福岡空港発の飛行機の切符を早割りでかなり安く購入していたので「もったいない」が先行して出場しました。和美マネジャーに前日のぎりぎりまで準備万端ととのえてもらい、ひたすら着いて行き現地に向かいました。しかし失敗がありました。柳井駅で気づきました。家のクーラー2台の電源切りを忘れていました。当日の夜、スペアの鍵を預けている近くのご夫婦に電話して、クーラを切るのをお願いしました。ご主人曰く「良く家の中冷えていたよ!切ったから安心して走って!!」でした。感謝!します。
福岡空港から新千歳空港に向かいましたが搭乗手続きもパソコンで打ち出した資料とスマホでする手続きの差を思い知らされました。和美マネジャーは「頭がよろしい!、感がいい!」を思い知らされました。仕事でもしっかりフォローしてくれ、マラソン、旅行でもありがたい存在です。
一日目のホテルは京王プラザホテル札幌です。居心地よいホテルです。まずはマラソンの受付をしました。人出が多くやはりコロナを警戒して、夕食は大丸で弁当を購入して済ませました。
8月28日(日)
マラソンの当日です。ホテルの朝食素晴らしいです。いつもは泊ったホテルであまり食べませんが、まあ豪華絢爛です。午前6時から朝食ですが、よくこれだけのメニューを朝からこの人出不足に揃えとると感心しました。料理教室の献立のヒント沢山ありました。時にはレベルの高いホテルで食事すべきと痛感しました。しっかりいただきました。マラソン完走ができるかどうかあやういのですから「食事はしっかりいただこう!! カーボローイングなんかしておられるか!」の心境です。
いよいよスタートです。今回は出場選手を増やしているので私のスタートはウエーブスタートの2番目で、最初のスタートが8時30分で、15分遅くれの8時45分です。和美さん「いつもところで応援するから頑張って!!」の声を後に出発しました。すでに太陽の照り方キツイです。蒸します。10kmで和美さん札幌駅辺で応援の姿を見つけました。結構足がでます。リズムよろしいです。体、軽いです。しかし蒸し暑いです。ここは本当に北海道かと思います。走っている選手の背中をみると汗でじっくりです。汗がしたたり落ちています。
16キロで雨がどっと降ってきました。強い光線から雨で目をやられた感です。目が痛くなり、つむるとみえなくなりここでリタイアかと思いました。あけたり閉じたりを繰り返して我慢の走りです。我慢はできます。この天候、選手はみな同じ思いをしているのだからここは耐えようと言い聞かせました。給水も足元がすべりそうでゆっくりです。走りながらコップをとることできません。群がるように人の波です。魔の新川通りの24キロ地点を折り返した時、「なんとか行けるかな?」と思いました。このあたりで脱落者、歩いている選手の姿が目につきました。蒸し暑く、滑って転びそうですが、足は淡々とリズムを刻めます。30㎞あたりにきてあと12キロ、これでリタイアせず走れそうかなと思えました。マラソン70回目です。ラッキーセブンの7でリタイアしたくないと・・・・。
35キロにきました。きついところです。36キロちょっと弱ってきました。このとき右から突然「ヨシノさん!頑張って!!」 和美さんです。えっどうやってここに? 完全にスイッチ入りました。「よっしゃ!行くぞ!」です。ここで突然の雷と豪雨です40㎞の北大あたりでは小川のような中を雷の鳴り物を聞いての走りでした。
フィニッシュで感激です。アナウンスがありました。はっきり記憶はしていませんが「今回の最高年齢者木村よしのさん・・・ 木村さん・・・ よしのさん・・・ 山口県から見えました。ゼッケン21570・・・・素晴らしい走り」と。
涙で前が見えなくなりました。2023年北海道マラソン開催して頂き有難う!!です。
今回はどの選手もタイムが10分から20分おくれです。私はグロス4時間38分22秒で完走しました。
75才以上年代別一位でした。きつい暑いマラソンでしたがフィニッシュの賞賛に大感激できつさ、つらさがふっとびました。和美マネジャー同行して世話かけて、マラソンでの励ましありがとうです。
7月29日(月)
コロナを心配して翌日小樽へ電車で行き、翌日、魚市場でしこたま魚買い込み千歳を後にしました。
フルマラソンいつもドラマがあります。そのつどドラマを乗り越えてきました。
ただ一回もリタイアしたことはありません。65歳からマラソン始めて70回出場しました。
最初は大久保院長のすすめで飛行機代、ホテル代をもつからといわれてマラソンを始めましたが院長に感謝です。60歳の頃、自分の将来、81歳でフルマラソンしているとは予想もできなかったことです。兄妹も言っています。スポーツ好きだった父は喜んで応援に来てくれただろうと思います。私がマラソンできるとは知らずに他界しました。まだ走れそうです。幾つまで続けられるかどうかわかりませんが走れそうなときまで走るつもりです。
院長先生ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。